ムルアカ ニッポンの教育をきく最終回 - 東京電機大学・理事長 加藤康太郎さん、学長 古田勝久さん




「ニッポンの教育をきく」。最終回はムルアカ氏の母校でもある東京電機大学(東京都千代田区)の加藤康太郎理事長(74)と古田勝久学長(69)に、新キャンパスへの移転や理系の人材育成などについて聞いた。

ムルアカ 科学技術は日本にとって大変重要で大学の役割大きい。人材育成は。
吉田勝久学長 「最近の科学技術は変化が大変激しい。先日、大手メーカーの方から話を聞く機会があったが10年ごとに主力商品変わっているという。技術者が専門分野で1つすばらしい製品を開発しても、そのままでは次が生み出せない。時代や技術に対応できる技術者が必要だ」

ムルアカ どんな人材か。
吉田勝久学長 「変化に対応できる技術者は、基本がものすごくできていると思う。『技術は人なり』。写真電送機開発などで知られる本学の初代学長・丹羽保次郎の言葉ですが、研究、教育の理念になっている。21世紀に環境、エネルギー、食糧など問題が出てきているが、さまざまな課題に対応できる技術者を育てたい」

ムルアカ 平成24年春に東京都足立区のJR北千住駅前に新キャンパスが開設されます。ねらいは。
加藤康太郎理事長 「次の100年を見据え新しい中核キャンパスで教育、研究を強化充実する。東京の東側は、これまで比較的大学が少なかった。東京芸大、東京未来大、帝京科学大などが進出。葛飾区には東京理科大も来る。神田キャンパスは発祥の地として再開発予定だ」

ムルアカ 地域連携は。
加藤康太郎理事長 「神田キャンパス周辺は戦後、ラジオ部品店が小川町交差点付近に集まり、本学の学生がアルバイトでラジオつくって卸すと飛ぶように売れたという。それが秋葉原に移り電気街ができた。新キャンパスも足立区といろいろな意味で協力関係をつくり、街の活性化や新しい仕事も生み出せればと思う。大学側も提案していきたい」

ムルアカ 少子化や不況など厳しい時代だが就職などは。
加藤康太郎理事長 「創設以来、卒業生は19万5千人を数える。卒業生は最大の応援団。卒業生が社会で活躍し、評価されることが大学の評価にもつながる。先輩がたくさんいて活躍できる舞台を与えてくれる強みもある。『就職に強い大学』との評価も卒業生のおかげだ」

ムルアカ 日本の大学は欧米の大学との連携が主で、途上国などこれから伸びる国に行って新しいものづくりやアイデアを考える意欲に欠けているようにみえる。大学にあるものしか勉強、研究しない。これからは「ない」ものを考えていく発想力が大切。アフリカや東南アジアなどとの交流を積極的に行うことで教員・学生も発想の転換ができるのでは。
吉田勝久学長 「おっしゃる通りですね。今年8月に本学を会場に、ロボット工学を学ぶ世界の学生が参加する大会が開かれた。20回目の大会で、米国のマサチューセッツ工科大(MIT)やブラジルのサンパウロ大、韓国・ソウル大、フランス選抜、タイ選抜などが参加。ル匇ヤ、共同で混成チームをつくり与えられた問題を解決する。学生がわずかな時間でも進化する。ここに出た学生はものおじせず、就職もいい。大会をきっかけにプレゼンテーション能力も鍛えられた。いろんな交流の可能性を探りたい。」

【プロフィル】加藤康太郎理事長
かとう・やすたろう 昭和33年、東京電機大卒。親子3代にわたり東京電機大出身。平成16年から理事長。

【プロフィル】古田勝久学長
ふるた・かつひさ 東工大名誉教授。専門はロボット制御など。平成12年から東京電機大教授。20年から学長。

ムルアカ ニッポンの教育をきく8 - 作曲家・日本音楽著作権協会会長 船村徹さん


船村徹
■音楽の文化、若い人に伝えたい

 「ムルアカのニッポンの教育をきく」の今回の対談相手は、作曲家で日本音楽著作権協会会長の船村徹氏(77)。終戦直後、伝統文化や価値観が「ひっくり返った」という時代から演歌など数々のヒット曲をつくったきっかけ、文化振興などについて語ってもらった。
ムルアカ 日本の音楽文化を代表する作曲家として、勉強、影響されたことを教えてください。
船村 音楽は時代にも影響される。私が生まれたのは昭和の初め、物心ついたころ戦争が始まり中学に入ったころ戦争が負けて終わった。米国占領下で、ありとあらゆる文化がひっくり返り、物の見方、考え方から二重、三重の教育を受けた感じ。地獄を見て戦後の高度経済成長、そして現代。音楽も自然に多角的にみるようになった。
ムルアカ 終戦直後の非常に厳しい時代を想像する。人間の心の支えは音楽ではなかったか。
船村 終戦の3年後に音楽の専門大学に入った。東京といったってがらくたのような焼け野原に、ポツンポツンと家が建つ時代だった。音楽大学はクラシック音楽といわれる音楽しか原則教えない。ところが街にはベートーベンもシューベルトもいない。ちょっと考えなければいかんなと思った。

■貸しピアノ屋

ムルアカ それで。
船村 街に出ると焼け跡に小さなバラックを建て、焼け残ったピアノを1時間いくらかで貸す「貸しピアノ屋」があった。そこで学校ではできないジャズなどを勉強した。1年ぐらいして自分で小さなバンドをつくってアメリカの兵隊さんのクラブに行った。楽譜なんかありませんから「WVTRトーキョー」という進駐軍向けのラジオで流れるジャズを譜面に書き取って演奏した。
ムルアカ 占領軍の米国の人たちとの間で不安や怖いという気持ちは。
船村 怖いと腰が引けるより前に出ていこうという気持ちが強かった。日本の民謡をマンボとかルンバ風にアレンジして演奏すると「なんていう曲なんだ」と評判になり、かわいがられた。その後、友人の薦めもあり、苦労し働いている人の励みになる音楽をやった方がいいんじゃないかと、ポピュラー、大衆音楽に進んだんです。
ムルアカ 日本音楽著作権協会(JASRAC)会長として音楽文化を守っていくことについては。
船村 音楽は多様化し、インターネットなどもあり、過去の著作権のあり方と変わってきている。著作権の法律の方が現実を追いかけている状況だ。昭和36年から2年ほど欧州で仕事をした。そのころ日本はまだ著作権に対する意識が遅れていたが今は世界トップレベルになったと思う。だが著作権の保護期間が欧米の多くが死後70年なのに対し日本は50年であることなど課題もある。JASRACは今年11月で創立70周年になり記念事業を行う。ムルアカさんも是非、見に来てほしい。

■万国共通

ムルアカ 音楽文化の伝承、普及は。
船村 国際交流などで日本はリーダーシップをとらなくてはいけない。アジアなど海外にはいいもの、才能のある者がたくさんいる。例えばインドネシアの伝統音楽・ガムラン音楽などは世界的にもっと知ってもらった方がいい。さる高官が、米国で「王将」を歌って交渉がうまくいったという。音楽は万国共通で、生かせばもっと深い民間外交もできる。
ムルアカ アフリカでは学校にいけない恵まれない子供たちも多いが音符のドレミなど学ばなくても曲を耳に入れアレンジして奏でる。音楽は天から人間にいただいたものだと思う。音楽をはじめとする文化芸術の教育が大切だと思うが。
船村 まったくその通り。体が音楽そのもののように生まれてきた人がいる。日本人はまだ音楽を十分活用していないのではないか。日本にも各地に伝わる民謡などオールドフォークソングがある。そういうものをもう少し大事にし、若い人たちに伝えたい。

【プロフィル】船村徹
ふなむら・とおる 昭和7年、栃木県出身。東洋音楽学校(現東京音楽大学)ピアノ科卒。「別れの一本杉」「王将」「矢切の渡し」「みだれ髪」など手がけた曲は約4500曲。文化功労者。

ムルアカ ニッポンの教育をきく7 - 学校法人「加計学園」加計孝太郎理事長


「ムルアカ ニッポンの教育をきく」の今回の対談は、学校法人「加計学園」(岡山市)の加計孝太郎理事長(57)。危機管理学部がある千葉科学大(千葉県銚子市)などを経営する理事長に大学に求められる人材育成などを聞いた。  
ムルアカ 新学科などの計画は。
加計 世の中がどんどん変わり、その波に出遅れてはいけない。どういう人材が求められているか常に考えねばならない。アカデミックな核になるものは残し、100人の定員ならその内50人を新しい学科、あるいはコースに変えていくというスタンスです。
ムルアカ 具体的には。
加計 倉敷芸術科学大(岡山県倉敷市)でいま力を入れているのが健康です。岡山理科大(岡山市)では動物学科を立ち上げた。海水魚と淡水魚両方が棲める水の研究も注目されている。千葉科学大危機管理学部にはパイロット不足に対応し、安全運航の観点からパイロットや整備士を育てる航空・輸送安全学科を新設予定です。
ムルアカ 人材が必要な分野として食糧問題や新型ウィルスなど感染症の研究は。日本が遅れている分野でもある。
加計 ぜひやりたいと思っています。そのため岡山理科大に動物学科を立ち上げた。すでに千葉科学大に危機管理学部、薬学部があります。新型インフルエンザなど海外からの感染をいかに食い止めるかなど学部の境界領域でも人材を育てていかなくてはならない。
ムルアカ 大学でスペシャリストを育て社会に送り出す。平成16年開校の千葉科学大には日本で初めて危機管理学部ができました。
加計 もともと米国オハイオ州にある姉妹校のフィンドリー大学に危機管理学の講座があった。9・11(米同時中枢テロ)の約5年前からあって全米から注目された。危機管理が必要な問題は食糧問題、テロ、自殺者の増加、自然災害など多岐にわたる。世界中で必要な分野だ。自治体も危機管理官といった専門職をどんどん置かなければいけない時代になるのではないか。
ムルアカ 企業との共同研究は。
加計 これからの大学は特色がないとやっていけない。例えば岡山県はフルーツや瀬戸内の魚など特産がある。これらを利用、産学が一緒になって産品を研究開発し、世界に負けないものをつくれば各県の特色が増す。
ムルアカ 経済状況が厳しく、学生の就職は不安材料が多い。
加計 どこの大学も同じだと思います。全国的、世界的に就職難ですが、ピンチをチャンスに変えようという企業もいっぱいある。そういうとき、特色ある教育を受けた、世の中でこれは絶対必要だという特化した大学が必要です。そういう大学を出た学生は技能、知識を持ち就職にも有利ではないか。

加計孝太郎(かけ・こうたろう) 
立教大文学部卒。加計学園理事長。米フィンドリー大理事、日本私立大学協会理事、岡山県国際交流協会理事など。

ムルアカ ニッポンの教育をきく6 - 日本医科大学名誉教授 山本保博さん

山本保博
■日本は無菌、もっと世界に目を

 「ムルアカ ニッポンの教育をきく」の今回の対談は日本医科大学名誉教授で東京臨海病院の山本保博病院長(66)。救急医療の専門家で世界の現場も数多く経験している山本氏に若者たちへの期待などを聞いた。
ムルアカ 少子化の中で重要な役割を果たすべき産科、小児科などの医師不足が問題となっている。なぜでしょう。
山本 大変心配している。新しい臨床研修医制度が始まった5年ほど前から顕著だが前からその傾向はあった。背景には女性医師が増えたことが一つ。それ自体は喜ばしいことだが、結婚や子育てで医療現場を離れる医師が増えた。もう一つは産科、小児科、救急など24時間体制で備えなければならない分野が敬遠されるようになった。いつ患者さんがくるか分からない、そのため自分の時間が持てなくなるのを若手が嫌う。また専門分野も細分化され、何人医者がいても足りない。
ムルアカ 院長が若いころと違いますか。
山本 何が何でも病院に行って一人でも多くの患者さんを診させていただき経験を積むというのではなくなっている。我々の修業時代は自分が倒れるか、患者さんが倒れるか、患者さんの隣に1週間も10日も寝ながら頑張ったという時代だった。教科書で何百回読むより患者さんと膝と膝をつきあわせながら治療するのが大事だ。
ムルアカ 科学技術は進んだが、お粗末なほころびが目立つ気がする。
山本 医学を例にすると日本はもともとドイツ医学を見習い、医局制度や基礎医学重視などを導入した。ところがドイツでも欧州各国は先に臨床重視など米国型にチェンジ、改革している。日本はなかなかリフォームされないままきてしまったように思う。
ムルアカ 国際救急医療チームなどで世界を回った経験では。
山本 世界は広い。キューバのドクターたちは、アフリカや中近東など、どんどん世界に出て行き経験を積んでいる。中国も、インドもそうだ。今の日本の若者たちはもっともっと視野を広くして知識を蓄えていかなければと思う。
ムルアカ 温暖化で熱帯でおこる病気が日本で増える懸念もある。その分野の交流も必要では。
山本 人間はアフリカで誕生した。病気もアフリカで誕生しているものが多い。21世紀はアフリカともっと仲良くなって情報交換しておかないとだめ。若い人が世界に出て経験を積んで帰ってくるのが大切だが、そうした機会が減っているようだ。日本全体が無菌室になってしまっている。経験を積み知識と技術を日本のため世界のために発揮してもらいたい。
ムルアカ 小中高校生らにアドバイスは。
山本 「世界は広い」ということ。世界に出て行くとさまざまな壁がある。国境、言葉、人種、宗教、文化などいっぱいある。若い諸君に言いたいのは壁はわれわれの心の壁、われわれ自身の壁だと思う。その壁をつぶすには人間愛が必要だと思う。大きな愛を持って乗り越えるのが若い者の特権だ。特権生かし世界に飛び出してほしい。


【プロフィル】山本保博
やまもと・やすひろ 昭和17年東京生まれ。日本医科大学救急医学教授などを歴任。現在、東京臨海病院(東京都江戸川区)病院長。著書に『救急医 世界の災害現場へ』(筑摩書房)など。

ムルアカ ニッポンの教育をきく5 - 神奈川工科大 中部謙一郎理事長


ムルアカ氏の「ニッポンの教育をきく」。今回は神奈川工科大(神奈川県厚木市)の中部謙一郎理事長(52)に厳しい時代の大学経営について聞いた。
ムルアカ 18歳人口は平成4年の200万人超から120万人台と減っている。生き残るための大学経営は。
中部 少子化時代を見越して経営をやってきた。今キャンパス再開発の設備投資を積極的に行っているがこれも継続した方針。むしろ200万人時代の本学財務状況は今ほど良くなかった。大学数も昭和62年から現在まで230校近く増加。常に厳しい時代と考え20年以上経営に取り組んできた。
ムルアカ 創立50周年も近く、今後の重点は。
中部 超一流大学は別として、今は学生が大学を選ぶ時代。大学の自己満足はだめ。保護者への視点も重要。保護者の最大の関心は、入学した我が子が充実した教育と学生生活を保証され、安定した将来に結びつく仕事に就くこと。これに全ての人的物的資源を集中する。モットーの「すべては学生のために」(学生本位主義)を徹底する。学生に評判の悪い授業等の改善は当然。教職員に人を育てる情熱と喜びが必要。
ムルアカ 景気後退で内定取り消しなど学生の就職状況は厳しい。就職指導には定評がありますが。
中部 本学のキャリア教育は企業からの評価も高く、内定取り消しもほとんどない。手厚い就職指導は経済誌などにもよく取り上げられ、学生や保護者の満足度も極めて高い。
ムルアカ コンゴやケニアなどアフリカ各国の国立大と積極的に交流していますが、今後どのように発展させるか。
中部 今年はサウジアラビアから7人の留学生が来る。すでに自動車開発、情報関連など先端分野で留学生や研究生が学んでいる。彼らは国を背負って学びに来ているので、十分な成果があがるようにカリキュラムや教育内容に配慮している。奨学金制度の充実も図りたい。宗教・思想・信条、文化等の異なる学生が同じキャンパスで学ぶことが大切。異なるものを理解し受け入れることで交流が深まる。これは大学の存在価値を高めることにもつながる。
ムルアカ 日本の大学はいったん卒業するとさよならが多い。その点、OBたちとの交流をうまくやっていますね。
中部 まだまだ。でも卒業後の転職や新事業への挑戦をサポートしたい。生涯にわたるお付き合いとお手伝いをさせていただきたいとの思いがある。
ムルアカ ほかに抱負は。
中部 現在の急激な経済不況も含め、もっと中長期的な展望で勉学機会を保証したい。大学の予算だけでなく、私が理事長を務める中部奨学会や関係する企業へも協力を依頼し奨学給付を充実させたい。これは祖父である本学創立者中部謙吉(元大洋漁業《現マルハニチロホールディングス》社長)の思想でもある。若手研究者への支援も考える。今は魅力付けを毎日やっていかなければ学生に見放される時代。「すべては学生のために」を、具体的にどんどん実践していきたい。


中部謙一郎(なかべ・けんいちろう)
学校法人幾徳学園・神奈川工科大理事、副理事長などを歴任し、平成14年に理事長就任。日本私立大学協会評議員など。

ムルアカ ニッポンの教育をきく4 - 塩谷立文科相


ムルアカ氏の「ニッポンの教育をきく」は、塩谷立・文部科学相が登場。文科相は3日には「心を育む」ための5つの提案を発表。対談でも道徳教育や体験の重要性を指摘、「若者は挑戦を」と語った。

▼大切なのは道徳

ムルアカ 21世紀の日本の義務教育や高等教育は、どのように変わっていくのでしょうか。
塩谷 改正教育基本法に基づいて、昨年、小中学校の学習指導要領を改訂し、ゆとり教育の反省から全体的に授業時間のボリュームを増やしました。中でも、注目は理数教育。授業時間や実験の数を増やします。また、国際社会に向けて、英語教育も5年生から教科として取り入れ、充実させます。 しかし、基本は道徳。そして基礎学力と体力。「読み、書き、そろばん、そして外遊び」ということです。道徳は、週1回の授業で「分かった」とはなりませんから、地域や家庭も含めて、みんなで考えてほしい問題です。また中学校で伝統の剣道や柔道など武道が必修になります。
ムルアカ 道徳は、最も重要です。そして、武道で伝統文化や歴史を学んだり、農業で土に触れることも大切ですね。
塩谷 あと大事なのは就業観です。昔から「働かざる者食うべからず」と言うように、「人間は仕事をして、生きている」という感覚を身につけてもらいたい。戦後日本は豊かになりましたが、豊かになってから「いかに頑張れるか」ということです。貧しいときは、みんな向上心があった。今は何でも手に入ります。だからこそ、次世代のためにしっかり勉強する時期なんです。

▼大学のレベルアップ

ムルアカ 研究者と大学、企業の連携はどうあるべきでしょうか。
塩谷 産学官の連携は強める必要があり、色々な枠組みを設けています。大学の研究者は、研究を社会で生かすことの重要性を認識するようになりました。 しかし、研究者は外の世界に出づらく、企業も研究者を使いづらいという環境があるので、iPS細胞といった再生医療や宇宙開発、ナノテクノロジーなど、テーマごとに枠組みを作る必要があるでしょう。
ムルアカ 大学の教育はどうでしょう。
塩谷 いかに大学をレベルアップするかが大きな問題です。いかに欧米や中国、インドと競うか。今は少子化で大学全入時代になり、大学も自然淘汰(とうた)される時代ですが、レベルの高い大学をいかに維持するかが大きな課題です。

▼もっと外へ

ムルアカ 中国のアフリカ進出が目覚ましい一方、日本へのアフリカ人留学生は、アフリカ53ヵ国の全体のわずか6・8%。日本とアフリカとの関係はどのようにあるべきでしょうか。
塩谷 アフリカとの関係は重視しないといけません。中国はこの5年でアフリカ中に大使館を置くいきおい。人的パワーと経済発展に伴い、財政面でもつぎ込んでおり、日本は危機感を持たなくてはいけません。 ただ、留学生を受け入れることも大切ですがそれだけではなく、日本人がもっと外に出ろと言いたい。アフリカに行けば、日本人にできることがあるはず。そういうことを頑張れる人が必要。技術指導とか教育など日本の得意分野での貢献もできればいいですね。
ムルアカ 大臣として「これはやり遂げたい」ということは何ですか。
塩谷 道徳教育は、国として社会に呼びかけたい問題。今の若者には、外に出て、いろんな経験を積ませるような「体験教育」に取り組ませたい。「海外に飛び出してチャレンジしろ」と言いたいです。
今の日本人は生まれながらにして何でも手に入るから、なかなか殻を破れない。昔から「かわいい子には旅をさせろ」と言いますが、「もっといろいろと経験しろ」と言いたい。そういう教育をやっていきたいですね。
ムルアカ 私の子供たちも田舎暮らしで、木登りなどしています。けがするリスクもあるけれど、そういう経験も必要ですね。
塩谷 子供はけがをするぐらいでないと。経験があれば、何が危ないかが分かるようになる。それが分からないから、人を傷つけてしまう。子供はけがしたり、けんかしたりです。(人を殴ると痛いと分かりますよね。分かれば、次は殴りません。)常に仲間ともまれる環境をつくってやることが大切なんです。


塩谷立(しおのや・りゅう)
慶応大法学部卒。財団法人「国際青少年研修協会」会長。平成2年、衆議院議員初当選。現在5期目。文部科学副大臣、内閣官房副長官などを歴任。20年9月から文部科学相。

ムルアカ ニッポンの教育をきく3 - 日本音楽著作権協会(JASRAC)顧問 吉田茂さん


吉田茂
■重要な教師の役割

ムルアカ氏が各界識者にインタビューする「ニッポンの教育をきく」。今回は元文化庁長官で日本音楽著作権協会(JASRAC)顧問の吉田茂氏に教育の課題や文化を支える知的財産の重要性などについて聞いた。

▼自己研鑽の機会を

ムルアカ 日本の教育全体をみたとき課題は。特に幼稚園から高校までの教育で一番必要なことは何でしょう。
吉田 基礎基本をきちんと勉強し、それをもとに自分で判断し、行動していくことです。そこで一番大事なのは教師だと思います。私も県の教育行政に携わったことがありますが、保護者の願いは立派な先生、信頼に足る先生にきてほしいというのが圧倒的に多い。
ムルアカ このごろ教師というのは尊敬されなくなった。教師の不祥事も目立ちます。
吉田 もちろん、ほとんどの教師は、非常に一生懸命やっておられる。なかに非難される行為に走る先生もいて、教師全体の評価が下がるというのは悲しむべきことですよね。一人一人の教師が自己研鑽(けんさん)を積んでいくしかない。教師には勉強しなければならないこと、やるべきことが増える一方です。教師にもう少し教育研究できるゆとりがあっていいのではないか。
ムルアカ 大学からの高等教育の課題は。専門家、技術者の人材養成が重要で、医学、海洋科学など緊急の人材育成が期待される分野もあります。
吉田 諸外国に伍(ご)していくためには専門家、技術者の力は大事です。福祉社会では介護の人材も増やさなければいけない。優れた工業製品をつくる、情報社会を発展させる、そのためには優秀な技術者が必要です。民間と公が力を合わせやっていかねばならないでしょう。
ムルアカ 65歳以上の高齢者の人材活用も重要だと思います。熟練の専門家、技術者らが早くにリタイアしてしまうのはまさにもったいない。
吉田 日本で定年になった研究者が海外から招聘(しょうへい)されていく場合もあるそうですね。今年、ノーベル賞を受賞したシカゴ大名誉教授の南部陽一郎先生は87歳。下村脩先生はボストン大名誉教授で80歳。受賞理由の業績は若いころだというが、その後も研究を続けておられる。米国にはそのように研究を続けていける土壌があると感じる。社会が評価しないといけない。

▼木の下教育

ムルアカ アフリカでは木の下に子供たちを集めて教える伝統的な教育があります。木の下にお年寄りが座って子供たちにことわざやいろいろなことを教える。自然科学の知識だけじゃなく、人生、社会のこと、仕事や技術についても伝えます。
吉田 「木の下教育」ですか。素晴らしい伝統ですね。
ムルアカ 教育基本法が改正され、伝統文化の尊重などが盛り込まれました。
吉田 基本法の柱は、豊かな人間性と創造性を備えた人間の育成。もう一つの柱は伝統を継承し、新しい文化の創造を目指す教育の推進です。伝統と文化をはっきり打ち出した。伝統というのはわが国のアイデンティティーそのものです。先祖、先輩が育てあげてきた大切なものを継承していく。子供たちが小さいときから勉強してもらうことは非常に大事です。同時に新しい文化を創造していく。それを支えるものの一つが著作権など知的財産です。
ムルアカ 文化を保護し、活用するため知的財産の理解は大切。世界の音楽を楽しむためにもルールを守らなければなりませんよね。
吉田 著作権というのは、単に作品を保護するだけと小さくみられがちだが、作品を知って利用できるようにする、新しい創作への道をさらに広げていくという意味で、文化の発展にとって非常に重要です。
ムルアカ 最後に、思い出に残る先生はいますか。
吉田 大学時代、政治学を丸山眞男先生に教わった。大講義室で聴いているだけですが、学問に対する厳しさや学問とはこういうものかとショックを受け、同時に興味を持った。
小学校4~6年の担任だった佐藤みどり先生もいまでもよく覚えています。勉強する子、そうでない子、素直な子、突っ張ってる子、同じように接し、全く分け隔てなかった。教師とはこういうものだと思った。ムルアカさんは日本で工学博士号を取得しましたね。日本の教育はどうでしたか。
ムルアカ 日本にきて東京電機大学の設立当時の先生でもあった河内先生、または小谷先生や町先生に指導を受けました。忘れられない先生です。私が分かるまで深夜まで教えてくれた。先生が風邪引いて鼻水をたらしながらでも。河内先生は「文学をよく知らないと良い学者になれないぞ」と文化の重要性も語っていました。
吉田 教育、文化というのは経済なり、福祉なり、非常に重要なものの一番の基盤だと思う。教育が発展すれば福祉も経済も。教育の役割ますます大きくなる。

【プロフィル】吉田茂
よしだ・しげる 東京大法学部卒。昭和38年、文部省入省。香川県教育長、文部省官房長などを経て平成8年から9年まで文化庁長官。12から19年まで日本音楽著作権協会理事長。現在、同協会顧問。68歳。

ムルアカ ニッポンの教育をきく2 - 元横綱 八角親方

八角親方
相手がいるからこそ強くなれる

教育界の外などから日本の教育をみていく「ムルアカ ニッポンの教育をきく」。今回は大相撲の八角(はっかく)親方が登場。現役時代は猛稽古(げいこ)で知られた横綱・北勝海、現在は八角部屋の師匠として後進の指導にあたる親方に伝統文化としての相撲や若手育成の課題などを聞いた。

ムルアカ 相撲の歴史は古い。入門してどんな力士教育を受けるのでしょう。
八角親方 相撲教習所というところにいく。新弟子のころに相撲の歴史を勉強したと思うが、けっこう忘れてるね。(笑)
ムルアカ 相撲は日本の国技。大変な重みがあると思います。
八角親方 親方になって、すごいところに入ったんだな、ただ単なるスポーツでなく伝統として相撲を伝えていかねばならない思いが強くなった。現役のころは自分のことで必死。とにかく強くなりたいという気持ちが強かったから。
ムルアカ 相撲は日本の伝統文化。相撲をみないと1年が過ごせない。
八角親方 ファンを大事にしなくてはならないし、自分たちだけでは守っていけない。今の時代に髷(まげ)をつけ、日本の姿を守っていくことは難しいところがあります。着物を着て髷をつけてもいまの子供たちですから。
ムルアカ 相撲には、いろいろなセレモニーがありますね。神事も。
八角親方 場所前の土俵祭り、神様を土俵に迎え入れる儀式であったり、四股(しこ)を踏むのは邪気を払うとか、いろいろな意味を持つ。単なるスポーツでない、それを認識してやっていかなければならない。
ムルアカ 塩をまいたり。海外からきている人にとって興味深い。日本の心の中心といえると思います。外国人力士も増えています。
八角親方 朝稽古を見に来る人たちも外国からの観光客などが多い。横綱2人がモンゴル出身で、大関も琴欧州がいる。素質的にもモンゴル相撲の横綱になるような身体能力、精神的にも強い子が入っている。日本の子も頑張ってはいるんですが、なかなか上位にこれない。
ムルアカ 日本の力士が弱い気がします。
八角親方 ただ、「お相撲さんが弱くなった」という話でなく、日本人全体の問題でしょう。レベルアップという点で日本の社会の問題そのものだと思う。現代社会で、まわしをつけ、ハングリー精神を持った子がどれだけいるか。強くしようと思うと相当な努力がいります。
ムルアカ 横綱・北勝海時代、千代の富士との対戦はすごかった。振りかえってみてどう思いますか。
八角親方 うちの部屋でもそうなんですが、稽古(けいこ)量が少なくなってますよね。ハングリーさとか、やってやるんだという意識がない。自分たちのときは早く強くなりたい、強くなってお金を稼ぎたいというハングリーさがあった。稽古場でも死にものぐるいでやった記憶があります。
ムルアカ 最近、勝てばいいという姿勢が気になります。投げても後で相手の手をとってという、礼に始まり礼に終わる良さがみられない気がする。
八角親方 横綱、大関など上に立つ人はみんながみている。手本となる人たちがいいかげんなことしてたんじゃ、全部そうなってきますね。負けたらふてくされたように土俵を降りていくなど潔さがない。ただ勝てばいい、大きい人が立ち合いの変化や要領を使う、力士同士が思い切ってあたるという潔さが最近ない気がしますね。立ち合いでも自分さえ早くたてばいい。相手のことを思いやれないというか。勝負は勝負で堂々とやればいい。要領で勝つという点は日本人の子も外国人の子も多い。
ムルアカ どう教育し直せばいいでしょう。
八角親方 私がこの世界に入ったときは15歳。若いうちの教育が大事ですね。関取にあがったときは19歳、親方にいわれたのは「まだ子供だ。それをわきまえて人と接しなさい」。幕の内、三役にあがったときは20歳。相撲を取り終わって記者の人たちがたくさんきます。親方は「ちゃんと質問に答えなさい、答えてから、いいですかといって席をたちなさい」。そのとき言われなければ。横綱になってから、いわれても「えっ」と思うだけ。
ムルアカ 強くなるとともに思いやりも持たなくてはいけない、日本の文化が分かっていないのでは。
八角親方 もともとは品格力量抜群につき推挙するという。ずれてきたのかな。もっと自分に厳しく、模範とならなければ。
ムルアカ 子供たちを指導する中学、高校などの指導者にアドバイスは。
八角親方 その子の力を伸ばしてあげる。子供のころは勝つことばかりではない。正々堂々と戦うことが意義があること教えてほしい。相撲はヨーイドンでスタートするわけじゃないから。相手があってはじめて相撲がとれる。相手がいるからこそ自分が強くなれる、ありがたく稽古をつけてもらいなさい。それはいいたい。
ムルアカ 相手があってという、思いやりの心ですね。

【プロフィル】八角親方
 本名・星志信芳。第61代横綱の北勝海。昭和62年夏場所後に横綱昇進。稽古熱心で知られ、幕内優勝8回。平成4年に現役引退。平成元年名古屋場所では兄弟子の千代の富士(現九重親方)と史上初の横綱同士の同部屋対決で優勝決定戦が行われた。45歳。


ムルアカ ニッポンの教育をきく1 - 作家 曽根綾子さん

曽根綾子
■基本なく…なんでも自由

海外や教育界の外から日本の教育はどう映っているのか。アフリカ出身で4児の父でもあるムルアカ氏が、各界識者にインタビューする「ニッポンの教育をきく」。第1回は作家の曽野綾子さんに最近の教育の課題などを聞き、処方箋(せん)を探った。

ムルアカ 今の社会や教育で気になることは。
曽野綾子 一番いけないのは、日本はぬるま湯につかっているようなところがあり、その認識が世界に通用すると思っている。世界には全く違う人々がいる。日本はどういう国なのか外から見られる眼がないといけませんね。
ムルアカ 子供が親、親が自分の子供を殺してしまうような事件が目立っている。道徳や教育はどうあるべきでしょう。
曽野 子供のころ、祖母から仏壇の中の「地獄の絵」を見せてもらったことがあります。血の池地獄とか、うそをつくと閻魔(えんま)様に舌を抜かれるとか。何となく悪いことをすると恐ろしいという基本的なものがあった。今の日本では全部否定することが新しい生き方だという風になり、基本がなくなりました。
人間の道徳的なものは、ある意味、自由で、自分の取捨選択で打ち立てていい。基本があってそれを否定する理由があるならいいが、なんでも自由になってしまった。

◆教えるべきは2つ

ムルアカ どうすれば。
曽野
 2つだけ教えたらどうでしょう。殺すという行為と盗むという行為は最低だということ。
 もし命を奪えば自分の場合でも、他人の場合でも取り返しがつかない。盗みは人の労働を無にする非常に悪いことです。万引の一つでもしたら勉強する価値、学校に行く資格がない。万引したら学問をやめて人間を創りなおすことです。
ムルアカ 動物の社会では、自分の子供、家族守るため必死でやります。
曽野 元上野動物園長の中川志郎さんが昔、「親である条件 動物からのメッセージ」という非常にすばらしい本を書いています。
猿を例にとると赤ん坊のとき、とにかく抱いてるんですって。成長に従い、目の届く範囲で子供がちょろちょろしているのを見ている。そしてある時期に完全に離す。(日本の親は)それをちっとも守らない。抱いていなきゃいけないときに仕事に出るし、離さなければならないときに離さない。
ムルアカ かつて日本の良さだった弱い者に手をさしのべるという思いやりの教育も薄れている気がします。
曽野 弱い人が、弱い人をいじめるんですよね。いじめる人は弱いんです。
 アフリカで学んだことですが、遊牧民の子供たちは小さいときからナイフを腰に差し、布を削いたり、木の枝を切ったり、ときには食べるため獣を殺す。(日本では)そういう訓練を経てない。武器を持つと殺す方にだけ使うし、周囲もそう思っています。
また、親があの方は困っているから手助けしましょう、と教えてもいない。弱い人間を出さないため強くしなくてはいけない。

◆命の尊さどう教える

ムルアカ 成人になれば社会の一員として責任感を持つ。このルールが崩れ、自覚がない成人が増えているようです。
曽野 私には無謀な考えがあるんです。一つは小学校のときから必ず農作業をさせる。
なぜ農作業かというと、食べ物がどうつくられるのかひと目で分かる。タマネギが枝にできると思っている人もいます。人間が生きることの基本の仕組みが頭に入っていないんです。
 もう一つは、教育改革国民会議の個人的な提言でも述べたものですが、義務教育を終えたぐらいの年、1年間、全員参加で奉仕活動をさせる。個室のない共同生活をさせ、携帯電話やテレビなど一切持たせない。若者たちには花を育てる、料理、高齢者の介護をするなど、どれでもいいけれど好きなことで社会に奉仕する。でも国民は大反対でしょう。ですから安心して言ってるんですけど。(笑)
ムルアカ 自殺者が増え、毎年3万人以上が亡くなっています。命の尊さを教えるためにはどうすればいいでしょう。私はアフリカで生まれ育ったせいか、生きるということはすごい喜び。日本でいうと100歳近くまで頑張ってきたお年寄りが亡くなったとき、これまでよく生きた、とお祭りのような行事をする。大きな鍋で普段なかなか手に入らないコーヒーをつくり、周りで太鼓たたいて3日連続、長くて1週間続く。死への正しい理解が必要だと思う。
曽野 命を考えさせる教育、生命へのおそれを感じる機会を持たせないといけませんね。子供たちが長生きした人を尊敬する機会が少ない。子供も理解できるような形の行事をするのもいい。
ムルアカ 他に大切なことは。
曽野 読み書きです。このごろの人たちは、ちょっとした礼状も書けないでしょ。私は子供のころ作文が書けなくて小学1年で1年間、母が学生さんの家庭教師をつけた。その後も母が毎週日曜に作文1つ書かないと遊ばせてくれなかった。暴力的教育ですが数年のうちに書くことが楽になっちゃったんです。そういう教育も悪くない。小学6年のときには小説家になろうと思ってましたから。強制された教育が自発的興味になったんですね。どこで変わったのか分からないけれど。

【プロフィル】曽野綾子
その・あやこ 昭和6年、東京生まれ。平成15年、文化功労者。作家活動のほか、アフリカなどへの支援活動も続ける。
平成12、13年に政府の教育改革国民会議委員を務めた。
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